前回、最高裁判所は岡部意見に基づいて民法750条を違憲であると説示したうえで、国家賠償請求については立法不作為に違法性が認められないことを理由に棄却すべきだったと述べました。
ただ、このように考える場合には、つぎの指摘に留意する必要があります。
「夫婦同氏原則を定める民法750条については、違憲無効の判断によって、選択的夫婦別姓が実現されるわけではない。単純に無効とすれば、夫婦同氏の根拠はなくなり、すべてが夫婦別姓ということになる(夫婦同氏が強制されるのと逆の状況になる)。また、民法790条1項によって『父母の氏』を称するとされる子の氏の扱いも問題となるだろう。仮に違憲状態だという判断をするとしても、それを受け止める制度については、立法的な解決が必要なのである。その点で、あるべき制度設計としての議論と民法750条が違憲かという議論とは区別せざるをえないように思われる。」(窪田充見『家族法〔第3版〕』(有斐閣、2017年)53‐54頁)
この指摘は、多数意見に理解を示すものといえるかもしれません。違憲判決を出した結果、どのような状況になるかを考慮すれば合憲判決もやむを得ないということです。
そして上記指摘が、「民法750条の不都合を解消するには立法的解決に委ねる以外にない」という趣旨なのであるとすれば、さきの寺田意見に近い考え方ともいえるでしょう。
そして上記指摘が、「民法750条の不都合を解消するには立法的解決に委ねる以外にない」という趣旨なのであるとすれば、さきの寺田意見に近い考え方ともいえるでしょう。
もっとも、この指摘は「単純に無効とすれば、夫婦同氏の根拠はなくなり、すべてが夫婦別姓ということになる(夫婦同氏が強制されるのと逆の状況になる)。」としている点に、疑問があります。
たしかに現行の民法750条が違憲無効になれば、夫婦同氏の根拠はなくなります。しかし、ここでなくなるのは、夫婦同氏を「強制する」根拠だと考えます。
その結果、原則、夫婦別氏になりますが、その場合でも別氏を強制する根拠はありません。別氏以外の例外を認めない旨の規定が存在しないからです。
そうだとすれば、民法750条が違憲無効とされたとしても、「同氏」を選択する余地は残されているといえる筈です。
その結果、原則、夫婦別氏になりますが、その場合でも別氏を強制する根拠はありません。別氏以外の例外を認めない旨の規定が存在しないからです。
そうだとすれば、民法750条が違憲無効とされたとしても、「同氏」を選択する余地は残されているといえる筈です。
実際、その道を開くかもしれない規定があります。戸籍法107条をみてください。
【戸籍法107条】
第1項 やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
第2項 外国人と婚姻をした者がその氏を配偶者の称している氏に変更しようとするときは、その者は、その婚姻の日から六箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる。
第3項 前項の規定によつて氏を変更した者が離婚、婚姻の取消し又は配偶者の死亡の日以後にその氏を変更の際に称していた氏に変更しようとするときは、その者は、その日から三箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる。
第4項 第一項の規定は、父又は母が外国人である者(戸籍の筆頭に記載した者又はその配偶者を除く。)でその氏をその父又は母の称している氏に変更しようとするものに準用する。
戸籍法107条1項は、やむを得ない事情があれば、氏の変更も許される場合があることを規定しています。この規定の運用を工夫することで、「夫婦同氏」を選択することが可能かもしれません。
すなわち、同氏を望む夫婦の一方が他方配偶者と同じ「氏」(名字)に変更する場合、家庭裁判所の許可を得て、その旨届出をするという手続をとればよいということです
すなわち、同氏を望む夫婦の一方が他方配偶者と同じ「氏」(名字)に変更する場合、家庭裁判所の許可を得て、その旨届出をするという手続をとればよいということです
このような手続の運用は、民法750条が違憲無効となり夫婦別氏が原則になる過渡期の扱いとしてアリだと思います。
「やむを得ない事由」にあたる事情としては、民法750条が違憲無効とされ未だ夫婦の氏(名字)について立法的解決がされていないこと、法律婚をしたこと、夫婦の間に「同氏」にする旨の協議がおこなわれ、かつ「同氏」にする旨の同意があること等を考慮すればよいでしょう。
ただこのような手続は、同氏を望む夫婦にとって負担になるおそれもあります。こうした負担を軽減する方法はあるでしょうか?
ここで、戸籍法107条2項をみてください。
この条文は、日本人が外国人と婚姻した場合の「氏」(名字)に関する規定です。日本人配偶者が外国人配偶者の「氏」(名字)に変更したい(同氏にしたい)場合、婚姻の日から6か月以内であれば「氏」(名字)の変更届出について家庭裁判所の許可を不要だとしています。
同氏への変更手続は日本人同士で婚姻した場合も日本人が外国人と婚姻した場合も、日本人が変更手続をするという点で同じです。そうすると配偶者が外国人でないからといって、日本人同士の婚姻についてのみ常に家庭裁判所の許可を要求するのは不合理です。
加えて、ここで想定している日本人同士の婚姻は、民法750条が違憲無効とされ夫婦の氏について立法的解決がされていないという状況です。そのような状況における同氏への変更は、日本人同士の婚姻であっても日本人が外国人と婚姻した場合であっても、夫婦別氏では実現できない個人の幸福追求のための「同氏」変更という点で変わりはない筈です。
そうだとすれば、たとえ民法750条が違憲無効とされたとしても、同氏を望む夫婦の手続的負担は戸籍法107条2項の類推適用によって軽減できると考えます。婚姻の日から6か月以内であれば、家庭裁判所の許可がなくても「同氏」に変更できるということです。
以上のことから、たとえ民法750条が違憲無効とされたとしても、「同氏」を望む夫婦の利益は戸籍法107条の運用次第で確保できるものと考えます。いいかえれば、実は、夫婦同氏を選択できる「選択的夫婦別氏制」になる可能性があるということです。
5 最高裁平成27年12月16日大法廷判決の意義および射程
本判決は、民法750条が定めている夫婦同氏原則の合憲性を最高裁判所として初めて判断したものです。
「氏」(名字)に従来の「個人の呼称」に加え「家族の呼称」の意義があるとしたうえで「同氏にすること」自体の合憲性を説示した点は、学説・実務において参考になりそうです。
他方で、同氏以外の例外を認めない民法750条の合憲性については、前述したように議論の余地があります。
「氏」(名字)に従来の「個人の呼称」に加え「家族の呼称」の意義があるとしたうえで「同氏にすること」自体の合憲性を説示した点は、学説・実務において参考になりそうです。
他方で、同氏以外の例外を認めない民法750条の合憲性については、前述したように議論の余地があります。
また、選択的夫婦別氏制の導入の是非に関して、立法的解決の必要性を国会に向けて説示しています。国会は、最高裁判所のきわめて奥ゆかしいこの説示をもっと真摯に受け止め、現行民法750条の改正にただちに着手すべきです。
本判決の事案は、婚姻届出済みで通称使用をしていた、および夫婦別氏にしようとしたところ婚姻届が不受理と扱われたというものでした。したがって同種の事案の下では、民法750条は憲法13条・24条に反せず合憲と判断されることになりそうです。
6 外国人と婚姻した日本人の「氏」
現行の夫婦同氏原則を是正しようという動きは、最高裁平成27年12月16日大法廷判決以降も収束していません。近時、夫婦同氏原則の合憲性を争う裁判が再び提起されました。
(1)新聞記事から
「夫婦別姓を選べる法制度がないのは法の下の平等を保障した憲法に違反しているとして、結婚で妻の姓となった男性ら4人が9日、国を相手取り、計220万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。原告側の弁護士によると、選択的夫婦別姓を求めて法律婚した男性が提訴するのは初めてという。訴えたのはソフトウェア会社『サイボウズ』(東京)の青野慶久社長(46)と関東地方の20代の男女3人。訴状によると、青野さんら2人は結婚で姓が変わり、所有株式の名義の書き換えで多額の手数料がかかったり、仕事上旧姓と使い分けざるを得なかったりしたと主張している。他の2人は事実婚で、女性の姓が珍しく双方とも姓の変更を望まず、事実婚を選んだという。(中略)今回の訴訟では、原告側は民法ではなく戸籍法に着目。日本人と外国人の結婚の際には夫婦で別の姓を選べるのに、日本人同士の結婚だけ別の姓を選べないのは憲法違反だと訴え、立法措置をとらずに放置した国の違法性を問うている。」(朝日新聞DIGITAL2018年1月9日〔後藤遼太〕(https://www.asahi.com/articles/ASL193368L19UTIL002.html))
この記事にもあるように、今回の原告は民法750条ではなく戸籍法の規定に着目して争うようです。戸籍法上の取り扱いとして、夫婦同氏原則が日本人と外国人との婚姻に適用されないことを主張の根拠とするワケです。
(2)戸籍法の扱い
実は、日本人が外国人と婚姻した場合、「氏」(名字)がどのように扱われるかについて民法は規定をおいていません。
この点、戸籍実務では、日本人が外国人と婚姻した場合、夫婦同氏原則の適用はないという扱いが確立しています。夫婦同氏にならないわけですから、原則、夫婦別氏です。
外国人と婚姻した日本人が、戸籍上の「氏」(名字)について外国人配偶者の「氏」(名字)を名乗りたい場合(同氏にしたい場合)、さきにみた戸籍法107条の手続をとる必要があります。
それは、原則として家庭裁判所の許可を得たうえで、役所に「氏の変更」届出をするというものでした。しかし、婚姻の日から6か月以内であれば、家庭裁判所の許可がなくても氏の変更届ができるとしていました。
その結果、日本人が外国人と婚姻した場合、婚姻後の「氏」(名字)は原則「夫婦別氏」となりますが、「夫婦同氏」も可能だということになります。
前記新聞記事に登場する原告たちは、まさにこの点を指摘しているのです。日本人同士の婚姻だと夫婦同氏以外は認められないのに、日本人が外国人と婚姻した場合には「夫婦別氏」も「夫婦同氏」も選択できるのはオカシイヨ!ということです。
憲法上の条文根拠としては、14条および24条が挙げられるでしょう。上記のような扱いは法の下の平等に反するとか、そのような法状態にあるのに国会は必要な立法措置を執らず放置したのだから違憲だという主張になりそうです。
たしかに、日本人同士で婚姻した場合と日本人が外国人と婚姻した場合とで、夫婦が選択できる「氏」(名字)に差があるのは不自然な気がします。
この訴訟が、どのような決着をみるか、今後も注目したいと思います。
7 むすび
さて、ここまで長々と最大判平成27年12月16日の分析・検討をおこなってきました。今回、最高裁判所は、私たちが普段用いる「氏」(名字)について、重要な判断をしました。
しかしながら、多数意見の理論構成には難点もありました。さらに国会を動かすほどの力もありませんでした。
もし最高裁判所が岡部意見と同旨の判決をしていたら、状況は大きく変わっていたかもしれません。
しかしながら、多数意見の理論構成には難点もありました。さらに国会を動かすほどの力もありませんでした。
もし最高裁判所が岡部意見と同旨の判決をしていたら、状況は大きく変わっていたかもしれません。
本件訴訟を担当した寺原真希子弁護士は、つぎのように述べています。
「選択的夫婦別氏制の実現は、日本社会が自分と異なる生き方を許容できる社会であることの証左となるであろう。」(寺原真希子「夫婦別姓訴訟」法学セミナー734号47頁)
近い将来、選択的夫婦別氏制が、女性が輝ける社会の実現に貢献する日が来ることを願いつつ、本判決の検討を終えたいと思います。