はじめに
平成29年に成立した民法の大改正は、ワタシの仕事に多大な影響を与えます。講義ノートやレジュメの改訂はもちろん、新たに勉強しなければならない場合もあるからです。
最近、学生から「どんな基本書を読めばいいのでしょうか?」という相談も多くなりました。とりわけ資格試験や法科大学院への進学を考えている人は、今回の大改正に不安を感じているようです。
ワタシもマメに書店へ足を運んでは良い基本書が出ていないか、つぶさにチェックしていますが、基本書の改訂版が出揃うにはもう少し時間が必要なのかもしれません。
当ブログでは、ここまでに刊行されている基本書・体系書のなかから今回の民法改正に対応したものをいくつか紹介してみたいと思います。もちろん、ワタシの勉強を兼ねて…。
1 近江幸治『民法講義Ⅰ民法総則〔第7版〕』(成文堂、2018年)
(1)特色など
1991年に初版が刊行されて以来、司法試験の受験生にも支持されてきた《近江民法講義シリーズ》。民法改正に全面対応した第7版が発売中です。
各章の総論部分は、どうしても原理的な解説になりますが、外国法も参考にしながら比較的詳しく記述されています。
各論点の記述も簡潔で整理されており、特に学説の対立関係を〔A説〕〔B説〕というかたちで鮮明にする工夫をしています。また、最近の版では図表も数多く入っていますね。
さて、民法総則(1~174条)では、意思表示、代理、無効及び取消、時効の部分で大きな改正がありました。
こうした改正を受けて、ワタシが注目していたのは基本書で「意思表示」の部分をどう整理するのかという点でした。
従来、意思表示については、正常でない意思表示を①意思の不存在と②瑕疵ある意思表示に大別し、意思の不存在の場合が心裡留保、虚偽表示、錯誤で、その取扱いは「無効」でした。他方、瑕疵ある意思表示の場合は詐欺、強迫で、その取扱いは「取り消すことができる」だったのです。
しかし、平成29年改正民法の95条は、つぎのように規定しています。
(錯誤)第九十五条
第1項 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
第2項 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
第3項 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
第4項 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
それまで、錯誤による意思表示の取り扱いは「無効」(ただし表意者のみが主張できる)だったのですが、新法では「取り消すことができる」とされています。
そうすると、正常でない意思表示は、今後、どのように整理すればよいのか?という疑問が生じますよね。「取消し」なら、錯誤も「瑕疵ある意思表示」に分類されるのか?という疑問です。
この点、近江民法Ⅰ第7版187頁では、ドイツ民法の理論を手がかりに再整理しています。どのように整理しているのかについては、同書をご覧ください。
(2)大学1年生で読めるのかな?
あらためて同書を読んでみると、なかなか興味深い基本書であることに気づきます。ただ気になるのは、この基本書を大学1年生で読めるのか!?という点です。
法学部では通常、民法総則を大学1年生で勉強します。民法総則は、とても難解で多くの法学部生が「生ける屍」と化す部分です。おそらく定期試験などでまともに採点すれば、多くの大学で大惨事を引き起こす科目のひとつでしょう。
とくに同書はケースを用いた解説が少ないので、具体例をイメージするのが困難なところもありそうです。
そうすると、大学1・2年生が読んで理解できるのか、というと…どうでしょう?少なくとも、18、19歳頃のワタシの頭脳では一通り読むことさえもムリゲーです。
割注に示されている判例や論文を探索できる能力と、それらを読みこなす訓練をすればかなり理解できそうですが…。
まぁ、民法総則は民法総則だけで完結しないので、結局のところ物権・債権まで民法全体をできるだけ早く通読する必要があります。加えて、何度も何度も読むことになります。
そして同書は、何度も読むに値する基本書です。近江幸治著『民法講義Ⅰ民法総則〔第7版〕』(←amazon商品ページへ遷移します)
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