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夫婦同氏原則について(3)


(2)夫婦同氏原則は憲法24条に反するか?

原告は、現行の夫婦同氏原則を定めた民法750条が、実質的に婚姻の自由を侵害すると主張しました。民法750条のもとでは婚姻するには、「氏」(名字)の変更を強制されることに従うか、婚姻(法律婚)を断念するかの選択しかできず、これは不合理だというワケです。

1)婚姻の自由について
ところで、婚姻の自由は、憲法上、どの条文で保障されているのでしょうか?

まず、憲法24条をみてください。

【憲法24条】〔家族関係における個人の尊厳と両性の平等〕 第1項 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
 第2項 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。


同条は、1項で婚姻の自由と夫婦が同等の権利を有するとし、2項で家族に関する法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されるべきことを要求しています。法律を制定することができるのは、原則、国会だけですから(憲法41条参照)、憲法24条は国会に向けた規定ということになります。国会に向けて、家族に関する法制度設計の在り方について指針を示しているのです。

憲法241項には、「婚姻の自由」という文言はありません。けれども「両性の合意のみ」としている部分で「婚姻は、他の法的干渉を受けず、自由な男女の合意によって成立することを規定したもの」だと考えるワケです。

すると夫婦同氏原則を採用した場合、「氏」(名字)の変更をしたくなければ婚姻できないことになり、婚姻の自由を制限していることになります。その制限が合理的であれば許されますが、「同氏にしなければならない」ことに合理性はないのではないか?というのが原告の主張だったということです。

2)夫婦同氏原則は「婚姻の自由」を侵害するか?
では夫婦同氏原則は、婚姻の自由を実質的に侵害するものといえるでしょうか?同氏にしなければならない合理性は、どの点にあるのでしょうか?

民法750条が定めている夫婦同氏原則が婚姻の自由を実質的に侵害するかどうかについて、最高裁判所はつぎのように説示しています。

 5.「婚姻及び家族に関する事項は、関連する法制度においてその具体的内容が定められていくものであることから、当該法制度の制度設計が重要な意味を持つものであるところ、憲法242項は、具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに、その立法に当たっては、同条1項も前提としつつ、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請、指針を示すことによって、その裁量の限界を画したものといえる。」
 6.「そして、憲法24条が、本質的に様々な要素を検討して行われるべき立法作用に対してあえて立法上の要請、指針を明示していることからすると、その要請、指針は、単に、憲法上の権利として保障される人格権を不当に侵害するものでなく、かつ、両性の形式的な平等が保たれた内容の法律が制定されればそれで足りるというものではないのであって、憲法上直接保障された権利とまではいえない人格的利益をも尊重すべきこと、両性の実質的な平等が保たれるように図ること、婚姻制度の内容により婚姻をすることが事実上不当に制約されることのないように図ること等についても十分に配慮した法律の制定を求めるものであり、この点でも立法裁量に限定的な指針を与えるものといえる。」
 7.「婚姻及び家族に関する法制度を定めた法律の規定が憲法13条、141項に違反しない場合に、更に憲法24条にも適合するものとして是認されるか否かは、当該法制度の趣旨や同制度を採用することにより生ずる影響につき検討し、当該規定が個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き、国会の立法裁量の範囲を超えるものとみざるを得ないような場合に当たるか否かという観点から判断すべきものとするのが相当である。」
 8.「前記のとおり、氏は、家族の呼称としての意義があるところ、現行の民法の下においても、家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位と捉えられ、その呼称を一つに定めることには合理性が認められる。そして、夫婦が同一の氏を称することは、上記の家族という一つの集団を構成する一員であることを、対外的に公示し、識別する機能を有している。特に、婚姻の重要な効果として夫婦間の子が夫婦の共同親権に服する嫡出子となるということがあるところ、嫡出子であることを示すために子が両親双方と同氏である仕組みを確保することにも一定の意義があると考えられる。また、家族を構成する個人が、同一の氏を称することにより家族という一つの集団を構成する一員であることを実感することに意義を見いだす考え方も理解できるところである。さらに、夫婦同氏制の下においては、子の立場として、いずれの親とも等しく氏を同じくすることによる利益を享受しやすいといえる。」
 9.「加えて、前記のとおり、本件規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではなく、夫婦がいずれの氏を称するかは、夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられている。」
 10.「夫婦同氏制の下においては、婚姻に伴い、夫婦となろうとする者の一方は必ず氏を改めることになるところ、婚姻によって氏を改める者にとって、そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり、婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用、評価、名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があることは否定できない。そして、氏の選択に関し、夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めている現状からすれば、妻となる女性が上記の不利益を受ける場合が多い状況が生じているものと推認できる。さらには、夫婦となろうとする者のいずれかがこれらの不利益を受けることを避けるために、あえて婚姻をしないという選択をする者が存在することもうかがわれる。しかし、夫婦同氏制は、婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく、近時、婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ、上記の不利益は、このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。」
 11.「以上の点を総合的に考慮すると、本件規定の採用した夫婦同氏制が、夫婦が別の氏を称することを認めないものであるとしても、上記のような状況の下で直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできない。したがって、本件規定は、憲法24条に違反するものではない。」(最大判平成271216日民集6982586頁〔多数意見〕)


 まず、判決文5、6、7をみてください。最高裁判所によれば、憲法242項は憲法241項の規定を前提としつつ、個人の尊厳および両性の本質的平等の観点から立法裁量の限界を画したものとしています。

そのうえで、①憲法上直接保障された権利とまではいえない人格的利益の尊重および②両性の本質的平等、そして③婚姻が事実上不当に制約されないよう十分に配慮した法律の制定が求められているとしました。

つまり、家族に関する法制度の合憲性は、法律の規定が上記3点を十分に考慮したしたものかどうかという観点から判断されるということです。

そして最高裁判所は前述のように「氏」(名字)に家族の呼称としての意義があることを前提にして、夫婦が同氏を称することは、①夫婦が家族の一員であることを対外的に公示し識別する機能があること、②夫婦の子が夫婦の共同親権に服することを示す必要があること、③夫婦がいずれの「氏」(名字)を称するかは夫婦間の協議による自由な選択に委ねられていることを挙げて、民法750条が採用する夫婦同氏原則の合理性を認めています。

たしかに、最高裁判所が説示したような同氏の合理性はあるかもしれません。けれども最高裁判所が挙げた根拠は、いずれも同氏を「強制する」理由にはならないと思われます。

他方で、個人のアイデンティティの喪失を感じたり、社会的信用・評価、名誉感情等を維持することが困難になること、そのような不利益はこれまで主に妻となる女性が被ってきたことなどを挙げて、夫婦同氏原則を採用することによって生じる不都合に理解を示しているかのようです。

けれども、こうした不利益は「氏」(名字)の通称使用が広まることによってある程度緩和されるそうです…。これは、本件の原告4名のうち2名が通称使用していたからでしょうか?

ようするに最高裁判所は、通称使用によって緩和できることを理由にして夫婦同氏により生じる不都合を国会が考慮しなかったとしても、立法裁量を逸脱したとはいえないと述べたことになります。

20年以上放置された問題にもかかわらず、ずいぶん呑気な説示です。本件訴訟の原告代理人を担当した寺原真希子弁護士は、最高裁判決に対してつぎのような痛烈な批判をしています。

「多数意見全体を通して私が個人的に感じたのは、氏を失うことを強制される人々(主に女性)が被るアイデンティティの喪失感等に対する鈍感さである。多数意見を書いた10名は、すべて男性裁判官であるから、おそらく、彼らの中に、婚姻により氏を変更したことによる喪失感を味わったり、それを回避するために法律婚を断念したという経験をした人はいないと思われる。しかし、自らが経験したことがなく、今後も経験しないであろう人権侵害に対して裁判官が鈍感であっては、人権救済の最後の砦である司法の存在意義が失われることになる。我々が司法に判断を求めたのも、そのような司法の存在意義を信じてのことであったが、今回の多数意見は見事にその期待を裏切った。」(寺原真希子「夫婦別姓訴訟」(法学セミナー73446頁)

…怒髪天を衝くといった形相で、ペンを走らせたというカンジでしょうか?非嫡出子相続分、女性の再婚禁止期間規定と違憲判決をしてきたので、ワタシもちょっと期待したんですけどね…。残念です。

 次回は、最高裁平成271216日大法廷判決の理論的支柱ともいえる「家族の呼称としての氏」について、若干の検討をしてみたいと思います。

夫婦同氏原則について(4)

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