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夫婦同氏原則について(1)



1 20年以上も放置された
  
 (1)夫婦同氏原則

 「結婚する」ということに、どのようなイメージを持っていますか?

好きな人と一緒になる、結婚式を挙げる、同じ屋根の下で協力し、助け合いながら幸せな家庭を築く…。

 日本では結婚して夫婦になると、同じ「氏」(名字)を名乗ることになります。この点について規定しているのが民法750条です。

【民法750条】(夫婦の氏)
夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

この規定が、結婚すると同じ「氏」(名字)になる根拠です。夫婦同氏原則と呼ばれています。同じ「氏」(名字)を名乗るといっても、必ず、夫婦のどちらか一方はそれまで名乗っていた「氏」(名字)を変更しなければなりません。しかも、どちらの「氏」(名字)を名乗るかは、婚姻届出をするまでに決めておく必要があります。婚姻届には「婚姻後の夫婦の氏」という項目があり、そこに「夫の氏」にするか「妻の氏」にするかチェックする欄が存在します。ここに記載が無い婚姻届は、受理されません(民法740条参照)。そして婚姻届が受理されなければ、法律上、婚姻したものとは扱われません。

このような取り扱いは、見方を変えれば「氏」(名字)の変更を強制するものです。しかも「氏」(名字)の変更をすることは、それまでの職業生活における社会生活上の信用や実績が中断することが考えられます。免許証、預金、不動産の登記、パスポートなどについて面倒な名義変更もしなければなりません。

(2)選択的夫婦別氏制

1985年、日本は女性差別撤廃条約に批准しました。そこでは「氏」(名字)の選択について、男女の間に差別があってはならないことも内容とされています。また同条約17条は、国連人権理事会の下に女性差別撤廃委員会という機関を設置することとしています。締約国が条約をきちんと履行しているかどうかを監視するための機関です。しかしながら日本は女性差別撤廃委員会から、たびたび夫婦同氏の強制を是正するよう勧告されてきました。

そこで、1996年に法制審議会によって「選択的夫婦別氏制」を含む「民法の一部を改正する法律案要綱」が答申され、法務省はこれを公表しています。

「選択的夫婦別氏制」について、かつては「夫婦別姓」というキーワードで語られることが多かったためか、「夫婦同氏原則を廃止して、すべての夫婦が別氏を名乗る制度にしようとするもの」という誤解がありました。

しかし「選択的夫婦別氏制」は、民法750条のように夫婦同氏を強制するものでも、別氏を強制するものでもありません。「選択的」という点が重要なのです。つまり、同氏にしたい夫婦は同氏にすればよいし、別氏にしたい夫婦は別氏を名乗ってもよいという制度です。夫婦がどのような「氏」(名字)を名乗るかについて選択肢を拡大したイメージです。民法750条の下では、夫の「氏」(名字)または妻の「氏」(名字)の二者択一だったワケです。「選択的夫婦別氏制」の下での夫婦は、夫の「氏」(名字)または妻の「氏」(名字)に加えて、「別氏」という選択も可能だということです。さき挙げた夫婦同氏による不都合や、家族の多様性に対応した制度にしようというワケです。

ここで、「民法の一部を改正する法律案要綱」の夫婦の「氏」(名字)に関する部分をみてみましょう(「民法の一部を改正する法律案要綱」については、法務省HP http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi_960226-1.htmlを参照)。

第三 夫婦の氏
 一 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称するものとする。
 二 夫婦が各自の婚姻前の氏を称する旨の定めをするときは、夫婦は、婚姻の際に、夫又は妻の氏を子が称する氏として定めなければならないものとする。

夫婦は同氏あるいは別氏のいずれかを選択できるとされています。子の「氏」(名字)については、議論のあるところですが、婚姻の際に夫婦の協議によって定めるものとされています。

(3)夫婦同氏原則違憲訴訟

しかしながら、国会は現在まで民法750条の改正をおこなっていません。改正案は既に存在しているにもかかわらず、現在も放置されているのです。20年以上も…。

このため夫婦同氏原則により不利益を受けたとする人達から、民法750条は憲法13条、24条に反して違憲であり、また民法750条を改廃しなかったのは立法の怠慢(立法不作為)だということで、訴訟が提起されました。

そして20151216日、最高裁判所は民法750条の合憲性について判断をしました。最高裁判所としては初めての判断ということで、テレビや新聞などでも大きく取り上げられました。最高裁平成2712月16日大法廷判決(民集6982586頁)です。

では、最高裁判所は民法750条が定める夫婦同氏原則をどのように理解したのでしょうか?そして、どのような憲法判断をしたのでしょうか?さきの原告の人達の声は、最高裁判所の裁判官達に届いたのでしょうか?

次回は、前記最高裁判所大法廷判決について検討してみたいと思います。

夫婦同氏原則について(2)

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