3 最高裁平成27年12月16日大法廷判決の問題点
(1)「家族の呼称」としての「氏」(名字)について
本判決は、民法750条の定める夫婦同氏原則が憲法13条および24条に反しないと結論付けるうえで、「氏」(名字)の意義を手がかりに理論構成をしました。「氏」(名字)に「家族の呼称」としての意義があるとしていました。
しかし、裁判は人類学や社会学の論争の場ではありません。さらにAさんとBさんが夫婦であるかどうかは、社会的にも法的にも同氏であるかどうかによって決まるものではない筈です。少なくとも法的には、当事者間に「婚姻の合意」が存在するか、法律婚ならば婚姻届出をしたかが基準になる筈です。
親子関係も同じです。年齢が離れたAさんとBさんが同氏であるからといって、親子だとはいえません。親子関係が存在するかどうかは民法772条等の要件を備えているか、養子縁組なら親子関係を設定しようとする意思、養子縁組届出をしたかどうかによります。
したがって、「氏」(名字)が「個人の属する集団を想起させるもの」という最高裁判所の説示は、たんなる思い込みではないでしょうか?
最大判平成27年12月16日には、5名の裁判による少数意見が付されています。このうち木内道祥裁判官は、判決が説示している「氏」(名字)の意義について、つぎのように述べています。
「対外的な公示・識別とは、二人が同氏であることにより夫婦であることを社会的に示すこと、夫婦間に未成熟子が生まれた場合、夫婦と未成熟子が同氏であることにより、夫婦親子であることを社会的に示すことである。このような同氏の機能は存在するし、それは不合理というべきものではない。しかし、同氏であることは夫婦の証明にはならないし親子の証明にもならない。夫婦であること、親子であることを示すといっても、第三者がそうではないか、そうかもしれないと受け止める程度にすぎない。」(木内道祥裁判官の意見)
(2)夫婦・親子の一体感および家族集団への帰属意識について
この点、夫婦・親子の一体感や家族集団への帰属意識が強まるといった主張もみられます。最高裁判所もこの点に言及していました。
しかし、これらはべつに夫婦同氏の強制によって確保されるものではありません。夫婦の努力や愛情によって築き上げていくものです。
この点についても、さきに挙げた木内裁判官は、つぎのような意見を付しています。
1.「多数意見は、個人が同一の氏を称することにより家族という一つの集団を構成する一員であることを実感する意義をもって合理性の一つの根拠とするが、この点について、私は、異なる意見を持つ。」
2.「 家族の中での一員であることの実感、夫婦親子であることの実感は、同氏であることによって生まれているのだろうか、実感のために同氏が必要だろうかと改めて考える必要がある。少なくとも、同氏でないと夫婦親子であることの実感が生まれないとはいえない。」
3.「先に、人の社会的認識における呼称は、通例、職業ないし所属と氏、あるいは、居住地と氏としてなされることを述べたが、夫婦親子の間の個別認識は、氏よりも名によってなされる。通常、夫婦親子の間で相手を氏で呼ぶことはない。それは、夫婦親子が同氏だからではなく、ファーストネームで呼ぶのが夫婦親子の関係であるからであり、別氏夫婦が生まれても同様と思われる。」
4.「夫婦同氏(ひいては夫婦親子の同氏)が、第三者に夫婦親子ではないかとの印象を与える、夫婦親子との実感に資する可能性があるとはいえる。これが夫婦同氏の持つ利益である。しかし、問題は、夫婦同氏であることの合理性ではなく、夫婦同氏に例外を許さないことの合理性なのである。」
5.「夫婦同氏の持つ利益がこのようなものにとどまり、他方、同氏でない婚姻をした夫婦は破綻しやすくなる、あるいは、夫婦間の子の生育がうまくいかなくなるという根拠はないのであるから、夫婦同氏の効用という点からは、同氏に例外を許さないことに合理性があるということはできない。」(以上、木内道祥裁判官の意見)
同氏でなければ、夫婦・親子の一体感や家族集団への帰属意識を持つことができないというのも思い込みのひとつでしょう。たとえば、自分の娘が結婚して「氏」(名字)が変わったら、「親子の一体感・親子であるという意識」は失われてしまうのでしょうか?親子であることに変わりがない筈です。
逆に同氏だからといって、夫婦・親子の一体感や家族集団への帰属意識が生じるとも存在するともいえません。たとえば、夫婦が離婚した場合です。民法767条2項をみてください。
【民法767条】(離婚による復氏等)
第1項 婚姻によって氏を改めた夫又は妻は、協議上の離婚によって婚姻前の氏に復する。
第2項 前項の規定により婚姻前の氏に復した夫又は妻は、離婚の日から三箇月以内に戸籍法 の定めるところにより届け出ることによって、離婚の際に称していた氏を称することができる。
離婚の日から3ヶ月以内に届出すれば、婚姻中の「氏」(名字)を称することができるとされています。同氏を名乗っているとはいえ離婚した二人ですから、夫婦の一体感はもちろん家族集団への帰属意識など普通は持たないでしょう。
そうすると、同氏が「夫婦の一体感・家族集団への帰属意識」の形成に役立つ可能性は否定しませんが、同氏であるからといってそれらが存在するとはいえません。
以上のように考えるなら、法律によって同氏以外を認めないとするほどの理由があるとはいえません。せいぜい、同氏にしたいというニーズがあるというだけです。つまり現行民法750条および身分関係の変動に伴う「氏」(名字)の変更に関する民法等の諸規定は、同氏のニーズにのみ応えた規定ということです。いいかえれば、他のニーズを考慮していないという欠点を抱えているというべきです。
次回は、最高裁平成27年12月16日大法廷判決が「選択的夫婦別氏制の導入」について、どのように考えているか?をみていきたいと思います。
夫婦同氏原則について(5)
夫婦同氏原則について(5)