こんにちは。
今回は、散骨についてとりあげます。
近時は、墓地にお墓等を建立して納骨せず、山や海、河川などに遺骨を撒く「散骨」を希望する人もいるそうです。お墓に入らないという選択をする人がいるということです。
片山恭一さんの純愛小説『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館、2001年)にも、散骨シーンが描かれていますね。
『「ここでいいでしょう」ガイドの男は言った。
「ここがそうなの?」アキの母親がどこか物足りなそうにたずねた。
「このあたりが全部そうです」
「それじゃあ撒こうか」父親が言った。
「あなた撒いて」母親は夫に壺を差し出した。
「三人で分担して撒こう」
ぼくの掌に、ひんやりとした白っぽい粉があった。それがなんであるのか、ぼくには理解できなかった。頭では理解できても、感情がその理解を拒んだ。受け入れると壊れてしまいそうだった。凍りついた花びらを指先で弾くようにして、心が粉々に砕けてしまいそうだった。
「さようなら、アキ」母親の声がした。
白い灰のようなものが、両親の手から放たれた。それは風に乗って飛び散り、赤い砂漠に散らばった。』
(片山恭一『世界の中心で、愛をさけぶ』(小学館、2001年)191~192頁)。
ここで法的に問題となるのは、散骨が刑法190条の死体損壊等罪に該当しないかどうかです。法律学のはなしというのは、このような美しく描かれたシーンを台無しにしてしまいますね。
【刑法190条】(死体損壊等)
死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。
「散骨は骨を撒くのであって、死体じゃないだろ!?」と思った人、いませんか?遺骨も本条の適用対象になっているという点がポイントです。この条文は、葬祭に関する風俗を保護し、また、公衆の敬虔感情を保護しようとするものです。その核心は、憲法20条の信教の自由にあります。
最近、扱いに困って電車の荷台に遺骨入りの骨壺を放置したり、指定ごみ袋に遺骨を入れてスーパーのトイレに放置したといったはなしが新聞やテレビで報道されることがあります。
「病死した妻の遺骨をスーパーのトイレに捨てたとして、石神井署は22日、練馬区の無職の男(68)を死体遺棄容疑で書類送検し、発表した。『妻には生前、苦労をかけさせられ、憎くてやった』と述べ、容疑を認めているという。署によると、男は4月23日昼ごろ、同区内のスーパーにある男性トイレの洋式便器内に、火葬後の妻(当時64)の頭蓋骨(ずがいこつ)の一部を捨てた疑いがある。妻は21日に死亡し、23日午前に火葬されたという。」(朝日新聞DIGITAL2015年5月22日)
「坊主憎けりゃ袈裟まで」とはいいますが、「女房憎けりゃ、骨まで…」ということでしょうか?でも、夫婦なら「ホネまで愛したい」ところですよね。
このほか、納骨費用がなく困って捨てたといった事件もあるようです。しかし、こうした行為はいずれも風俗上の葬送と認められない方法です。したがって、刑法190条の死体遺棄罪に該当します。
すると散骨も「死体遺棄」に該当しそうです。しかし、前述した公衆の敬虔感情を保護することが本条の目的なら、葬送の目的で遺族が散骨する場合は適用されないということも可能です。
かつて「葬送の自由をすすめる会」(現在は、NPO法人)が、1991年に神奈川県の相模灘で初めて散骨をおこない注目を浴びました。この点、当時の法務省刑事局は「葬送を目的とし節度を持って行う限り死体遺棄罪にあたらない」旨の非公式見解を示したといわれています。逆にいえば、葬送を目的としない場合には刑法190条に該当することになります。
ちなみに、散骨にあたって気をつけなければならないことが二点あります。ひとつは遺骨を埋めてはいけないこと、ふたつ目はどこに散骨しても良いわけではないということです。
たとえば、故人が生前に希望したので緑豊かな山中へ赴き遺骨を樹木の根元に埋めたとしましょう。しかし、「墓地、埋葬等に関する法律」によると違法です。
【墓地、埋葬等に関する法律4条】
第1項 埋葬又は焼骨の埋蔵は、墓地以外の区域に、これを行つてはならない。
つまり遺骨の埋蔵(埋めること)は、墓地でしなければならないということです。その辺に遺骨をばら撒くのは適法ですが、ごていねいに埋めるのは違法になるのです。…ヘンなはなしですね。
では、どこに散骨しても良いのか?というと、そういうわけでもありません。地方自治体が、条例で散骨を禁止・制限している場合があります。たとえば北海道の長沼町は、2005年に「さわやか環境づくり条例」を制定・施行し散骨を禁止しています。
【長沼町「さわやか環境づくり条例」11条】
何人も、墓地以外の場所で焼骨を散布してはならない。
この条例では、墓地以外の場所で散骨された疑いのある場合は、町長は必要な限度で指定した職員に立入調査をさせることができると規定されています(同15条)。これを拒んだり妨げた場合、その者の名前が公表されます。条例11条に違反したことが認められた場合、町長は違反者に必要な措置を講じるよう勧告でき(同13条)、勧告に従わない場合には、従うよう命令することができます(同14条)。この命令にも従わない場合、つぎの罰則が適用されます。すなわち散骨業者は6月以下の懲役・10万円以下の罰金、業者以外の者に対しては2万円以下の罰金・拘留もしくは科料になります(同17条)。
長沼町のように散骨を全面禁止扱いにする自治体もありますが、散骨を許容しつつ条件を付ける自治体もあります。熱海市や島根県隠岐郡海士町が、その例です。散骨を事業としておこなう場合に事業着手前に開発事業の事前協議書を市長に提出させたり、無人島のひとつを散骨所にして上陸を年2回に制限し遺骨の大きさ、撒き方、場所を限定するといったものです。