1 最高裁判所平成27年12月16日大法廷判決(平25年(オ)1079 損害賠償請求事件)のポイント
平成27年12月16日に最高裁判所大法廷は、民法733条が規定している女性の再婚禁止期間について重要な判断をしました。今回は、この最高裁判決について若干のコメントをしたいと思います。
最高裁判決のポイントは、以下の三点です。単純な違憲判決ではないので注意が必要です。
①民法733条が定める女性の再婚禁止期間の立法目的は、父性推定の重複を回避し、もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあり、合理性を認めることができる。女性の再婚禁止期間をおくこと自体は合憲。
②しかし、民法733条が定める再婚禁止期間につき100日を超過する部分については、父性推定の重複を回避するために必要な期間とはいえず、憲法14条・24条2項に反して違憲である。
③本件の原告(以下、Xと記す)は、敗訴している。
この事件の概要は、以下のとおりです。
平成20年3月に前の夫と離婚したX(女)は、同年10月に後夫と再婚しました。しかし、女性について6ヶ月の再婚禁止期間を定める現行民法733条1項の規定があるため、Xは自分が望んだ期間よりも後に再婚するしかなかったそうです。そこでXは、以下のように主張してY(国)に対して165万円の国家賠償を求めました。
まず、女性について6ヶ月の再婚禁止期間を定める民法733条1項の規定は憲法14条1項および24条2項に反して違憲無効だ、というものです。
そして、民法733条1項が違憲であるにもかかわらず、国は同規定を改廃する立法措置をとらなかったこと(立法不作為といいます)は違法であり、これによりXが精神的損害を被ったというのです。
2 Xの主張の分析
Xの主張を簡単に分析してみましょう。まず平成27年当時の民法733条は、つぎのように規定していました。
第1項 女は、前婚の解消又は取消しの日から六箇月を経過した後でなければ、再婚をすることができない。
第2項 女が前婚の解消又は取消しの前から懐胎していた場合には、その出産の日から、前項の規定を適用しない。
この規定は、父性推定の重複を避けるため―つまり生まれてくる子が前婚の夫の子なのか後婚の夫の子なのか判らなくなるのを避けるため―におかれたものです。そして女性だけに適用されるということでした。Xの主張は、まさにこれらの点に関するものでした。
まず、民法733条が女性にだけ適用されるという点です。これが、憲法14条1項・24条2項の両性の本質的平等に反するのではないかというわけです。もっとも判例・通説は事柄の性質に応じた合理的な根拠がある場合には、ある法律の条文が男性と女性とで異なる取り扱いをしていたとしても、憲法14条・24条に違反しないとされています。
【憲法24条】〔家族関係における個人の尊厳と両性の平等〕
第1項 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
第2項 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
【民法772条】(嫡出の推定)
第1項 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
第2項 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
【民法773条】(父を定めることを目的とする訴え)
第七百三十三条第一項の規定に違反して再婚をした女が出産した場合において、前条の規定によりその子の父を定めることができないときは、裁判所が、これを定める。
「女は、前婚の解消又は取消しの日から起算して百日を経過した後でなければ、再婚をすることができないものとする。」
「女性の再婚後に生まれた子につき父性の推定の重複を回避し、もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解するのが相当であり」、「父子関係が早期に明確となることの重要性に鑑みると、このような立法目的には合理性を認めることができる」。
DNA鑑定による検査方法で親子関係を確定するとしても、結局、裁判で争う必要がある点を指摘しています。それよりは再婚禁止期間をおいて、父性推定の重複を回避する制度を維持する方が合理的だというわけです。最高裁は、法的親子関係の認定にDNA鑑定を用いることに対して消極的なようですね。
①法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして明白な憲法違反があること。
では、民法733条が女性だけを適用対象にしていることは、合理的な根拠があるでしょうか?この点を検討するには、民法733条がおかれた理由(立法趣旨・立法目的)を明らかにする必要があります。さきに述べたように民法733条の立法目的は、父性推定の重複を避けるためでした。もし、女性が離婚直後に再婚できるとすると、前婚の夫の子を妊娠していた場合には、民法の規定上、再婚後生まれた子の父親が前婚の夫の子なのか後婚の夫の子なのか判らなくなってしまうからです。なぜでしょうか?民法772条をみてください。
第1項 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
第2項 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
【民法773条】(父を定めることを目的とする訴え)
第七百三十三条第一項の規定に違反して再婚をした女が出産した場合において、前条の規定によりその子の父を定めることができないときは、裁判所が、これを定める。
民法772条2項の規定から離婚後300日以内に生まれた子は、前婚の夫の子とされます。そして、再婚後200日を経過して子が生まれた場合には、後婚の夫の子になります。
ここで女性が離婚直後に再婚できるとしてしまうと、再婚後200日~300日の100日の間に生まれた子は前婚の夫の子でもありますが後婚の夫の子にもなってしまいます。これが父性推定の重複です。
生まれてきた子がこのような状況におかれることを防ぐために、女性には再婚をしばらく我慢してもらおうというのが民法733条というわけです。
しかしXは、民法733条の立法趣旨がたとえ父性推定の重複を避けるためだとしても、再婚禁止期間をおく合理性が現代では失われている筈だと主張したわけです。民法制定当初と異なり、DNA鑑定等の現代医学の知見をもってすれば、子の父親を定めることが可能だからです。DNA鑑定の結果を証拠にして、民法773条の父を定めることを目的とする訴えすることだってできるじゃないか!というわけです。
さらに民法733条は父性推定の重複を避けるため、離婚した日から6ヶ月間、再婚することを禁止しています。Xはこの点についても、「6ヶ月は長すぎるよ!」と主張しました。というのも、さきにみた父性推定の重複、すなわち「離婚した日から300日以内で、かつ、再婚した日から200日経過後に子が生まれる事態」を回避したいなら、100日の再婚禁止期間をおけば足りるからです。すると再婚禁止期間のうち100日を超える部分の期間は不当だということになります。女性の婚姻の自由を過度に制約し、やはり合理性がないということです。
3 従来の議論
民法733条の合憲性については、これまで長い間争われてきた問題のひとつです。かつて最高裁平成7年12月5日判決(判例時報1563号81頁)は、民法733条は合理的な根拠に基づいて法的取り扱いに区別を設けたものとして合憲との判断をしました。その後、平成8年2月26日には法制審議会の「民法の一部を改正する法律案要綱」において、
という改正案が公表されました。
4 最高裁判決の分析
そのような流れのなかで出されたのが、今回の判決です。最高裁平成27年12月16日大法廷判決は、まず民法733条の立法目的の合理性について、さきの平成7年判決を引用しています。
つまり最高裁は、民法733条の存在それ自体は合憲であるとしたのです。父性推定の重複を回避するには、女性に我慢してもらうしかない…ということになりますね。
そして、DNA鑑定などの方法による生物学上の親子関係の認定については、つぎのように指摘しています。
「父子関係の確定を科学的な判定に委ねることとする場合には、父性の推定が重複する期間内に生まれた子は、一定の裁判手続等を経るまで法律上の父が未定の子として取り扱わざるを得ず、その手続を経なければ法律上の父を確定できない状態に置かれることになる。生まれてくる子にとって、法律上の父を確定できない状態が一定期間継続することにより種々の影響が生じ得ることを考慮すれば、子の利益の観点から、上記のような法律上の父を確定するための裁判手続等を経るまでもなく、そもそも父性の推定が重複することを回避するための制度を維持することに合理性が認められるというべきである。」DNA鑑定による検査方法で親子関係を確定するとしても、結局、裁判で争う必要がある点を指摘しています。それよりは再婚禁止期間をおいて、父性推定の重複を回避する制度を維持する方が合理的だというわけです。最高裁は、法的親子関係の認定にDNA鑑定を用いることに対して消極的なようですね。
では、民法733条の「6ヶ月」という期間については、どのように判示しているでしょうか?この点、判決では再婚することについての制約をできる限り少なくする要請が高まっていること、婚姻の自由は十分尊重されるべきこと、妻が婚姻前から懐胎していた子を生むことは再婚の場合に限られないことを考慮しつつ、
「再婚の場合に限って、前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や、婚姻後に生まれる子の父子関係が争われる事態を減らすことによって、父性の判定を誤り血統に混乱が生ずることを避けるという観点から、厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間を超えて婚姻を禁止する期間を設けることを正当化することは困難である。他にこれを正当化し得る根拠を見いだすこともできないことからすれば、本件規定のうち100日超過部分は合理性を欠いた過剰な制約を課すものとなっているというべきである。」「本件規定のうち100日超過部分が憲法24条2項にいう両性の本質的平等に立脚したものでなくなっていたことも明らかであり、上記当時において、同部分は、憲法14条1項に違反するとともに、憲法24条2項にも違反するに至っていたというべきである。」
としました。100日の根拠については、X主張の分析のところで解説したとおりです。最高裁は従来の議論および平成8年の「民法の一部を改正する法律案要綱」も念頭において、このような判断をしたことを窺うことができます。
このように本判決は、従来から争われてきた再婚禁止期間規定の問題につき、100日を超える部分を違憲と判断した点に意義および特徴があります。これを受けて、民法733条は早期に改正されるべきでしょう。
なお、この裁判ではXの損害賠償請求は認められていません。
国家賠償が認められるためには、以下の要件を充たしていなければなりません。
②①の状態にもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったこと。
しかし、本件では国会の立法不作為が国家賠償法1条1項を適用しなければならない程の違法性がない、とされたのです。
違法性がないのは、Xが再婚した当時、民法733条の規定のうち100日を超過する部分が憲法違反だったことが、国会にとって明白だったとはいえなかったからとしています。さきに最高裁平成7年判決で合憲と判断されたため、国会議員達は民法733条の改廃は不要と考えたこと、その後の改正審議においても100日超過分が違憲との前提で議論されたわけではないことが考慮されたようです。しかし、これはあまりに表面的な認識です。学者はもちろん法制審議会の議論においても民法733条の違憲性については共通理解になっていた筈です。だからこそ、6ヶ月を100日に短縮するという改正案になったのです。