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平成29年民法改正と民法の基本書(2)

2 全体像をつかめ  前回紹介した近江民法講義Ⅰは、初学者が最初に読むには、なかなかハードルが高い基本書かもしれません。  法律の勉強をするさい、初学者に対してよく言われるのが「その法律の全体像をつかむ」というものです。  これは、実際その通りで、法律内部のつながり、各制度間の関係を意識して勉強する必要があります。これらの理解が曖昧だと、せっかく勉強したことが全く役に立たないものになってしまうからです。病気の症状や名前を知っていても、治療法が知らなければ医学を勉強しても全く役に立たないのと同じです。  そうすると、まず、手っ取り早く全体像をつかむことができるような本があれば良いですよね。今回は、民法全体を 1 冊で網羅した基本書を紹介します。 3 道垣内弘人著『リーガルベイシス民法入門 [ 第 2 版 ] 』(日本経済新聞社、 2017 年) (1)民法全体をカバー  道垣内弘人『リーガルベイシス民法入門 [ 第 2 版 ] 』(日本経済新聞社、 2017 年)は、平成 29 年民法改正に対応しており、同書 1 冊で民法全体をカバーした入門書です。 [ 第 2 版 ] から、親族・相続法部分も入りました。道垣内先生は、もともと担保法を主戦場にしていた方で、最近は信託法分野の研究も精力的されてます(というか、駆け出しのころから信託法に関心があったようです)。そんな道垣内先生の親族・相続の著作は、なかなか新鮮味がありますね。  入門書というと、やっつけ仕事のようなざっくりした本もありますが、同書はその類には入らないと思います。道垣内先生は、ある法律雑誌のコラムで「入門書の執筆ほど困難な仕事はない」と述べられていました。初学者向けだからこそ、丁寧な、ときには深い記述が要求されるということです。  その言葉どおり、同書は大変丁寧な解説になっています。民法の解説だけでなく第 1 章では法学入門を置き、さらには 70 にも及ぶコラムを各章にちりばめるなどして、民法への関心を深めるような構成になっています。 (2)改正箇所の解説について  平成 29 年民法改正の中心は、第 3 編債権編(民法 399 条~ 724 条)です。この部分の改正についてワタシが特に注目していたところのひとつが債務不履行

平成29年民法改正と民法の基本書(1)

  はじめに 平成 29 年に成立した民法の大改正は、ワタシの仕事に多大な影響を与えます。講義ノートやレジュメの改訂はもちろん、新たに勉強しなければならない場合もあるからです。  最近、学生から「どんな基本書を読めばいいのでしょうか?」という相談も多くなりました。とりわけ資格試験や法科大学院への進学を考えている人は、今回の大改正に不安を感じているようです。  ワタシもマメに書店へ足を運んでは良い基本書が出ていないか、つぶさにチェックしていますが、基本書の改訂版が出揃うにはもう少し時間が必要なのかもしれません。  当ブログでは、ここまでに刊行されている基本書・体系書のなかから今回の民法改正に対応したものをいくつか紹介してみたいと思います。もちろん、ワタシの勉強を兼ねて…。 1 近江幸治『民法講義Ⅰ民法総則〔第 7 版〕』(成文堂、 2018 年)   (1)特色など   1991 年に初版が刊行されて以来、司法試験の受験生にも支持されてきた《近江民法講義シリーズ》。民法改正に全面対応した第 7 版が発売中です。  各章の総論部分は、どうしても原理的な解説になりますが、外国法も参考にしながら比較的詳しく記述されています。  各論点の記述も簡潔で整理されており、特に学説の対立関係を〔 A 説〕〔 B 説〕というかたちで鮮明にする工夫をしています。また、最近の版では図表も数多く入っていますね。  さて、民法総則( 1 ~ 174 条)では、意思表示、代理、無効及び取消、時効の部分で大きな改正がありました。  こうした改正を受けて、ワタシが注目していたのは基本書で「意思表示」の部分をどう整理するのかという点でした。  従来、意思表示については、正常でない意思表示を①意思の不存在と②瑕疵ある意思表示に大別し、意思の不存在の場合が心裡留保、虚偽表示、錯誤で、その取扱いは「無効」でした。他方、瑕疵ある意思表示の場合は詐欺、強迫で、その取扱いは「取り消すことができる」だったのです。  しかし、平成 29 年改正民法の 95 条は、つぎのように規定しています。 (錯誤)第九十五条  第 1 項 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取

ベストセラーのDNA

  ワタシの職業は、文章との格闘です。文章を読みまくって、書きまくる。  書籍、雑誌、新聞、 HP 、ブログなどの論文、報告、記事を手あたり次第集めて読みます。そしてそれらを資料として、自分の視点から分析・検討して書きまくる。研究論文として、研究報告として、講義録として、ブログの記事として…。  しかし読んでいて、書いていて、思うのは、「法律学の文章って単調だな」ということ。  研究を職業にしている人はまだしも、サラリーマンや大学生といった人たちが読むのは、かなりツライ。必要に迫られて、仕方なく読むという人が大半かもしれません。  このブログも、色々と工夫しているつもりです。 「では、どうしたら、もっと読んでもらえるブログ、もっと良い記事になるのかな?」  いつもいつも、自問しています。ワタシ自身「もうひとつ、パンチが欲しいナ。」と思っていました。 そんなある日、本屋を散策中にふと見かけた本。   ジュディ・アーチャー=マシュー・ジョッカーズ著『ベストセラーコード―売れる文章を見極める驚異のアルゴリズム』(日経 BP 社、 2017 年) 「…。ベストセラーの法則?そんなのあったら、誰でもベストセラー作家じゃん。」  と思いつつ、手に取って軽く流し読み。  本書は、ベストセラー 500 冊とそうでない 4500 冊の本をコンピューターに読み込ませ、テキストマイニングを用いて「ベストセラーの DNA 」を発見しよう、という論文(?)  どのような本が、ベストセラーになるか?これまでは、結局、「売ってみなきゃワカラナイ」とか作家の資質によるなど、どちらかというと直感的・経験則的に説明されてきました。    本書は、それを統計学的に解明しようというワケです。今まで、なんとなく「こういうモノだ」とされてきた事柄に焦点をあて、科学的に検証してはっきりさせようという「チャレンジ」です。 ワタシは、文学や出版とはほぼ無関係な人間です。 しかしそのチャレンジは、汚れちまったワタシの研究者マインドにも突き刺さる。こういう論文大好き。それが、たとえしょーもないテーマでも。「チャレンジ」や「遊びゴコロ」のある研究・論文って、心の奥に刺さりますよね。 後日、某

夫婦同氏原則について(8)完

前回、最高裁判所は岡部意見に基づいて民法 750 条を違憲であると説示したうえで、国家賠償請求については立法不作為に違法性が認められないことを理由に棄却すべきだったと述べました。 ただ、このように考える場合には、つぎの指摘に留意する必要があります。 「夫婦同氏原則を定める民法 750 条については、違憲無効の判断によって、選択的夫婦別姓が実現されるわけではない。単純に無効とすれば、夫婦同氏の根拠はなくなり、すべてが夫婦別姓ということになる(夫婦同氏が強制されるのと逆の状況になる)。また、民法 790 条 1 項によって『父母の氏』を称するとされる子の氏の扱いも問題となるだろう。仮に違憲状態だという判断をするとしても、それを受け止める制度については、立法的な解決が必要なのである。その点で、あるべき制度設計としての議論と民法 750 条が違憲かという議論とは区別せざるをえないように思われる。」(窪田充見『家族法〔第 3 版〕』(有斐閣、 2017 年) 53 ‐ 54 頁) この指摘は、多数意見に理解を示すものといえるかもしれません。違憲判決を出した結果、どのような状況になるかを考慮すれば合憲判決もやむを得ないということです。 そして上記指摘が、「民法 750 条の不都合を解消するには立法的解決に委ねる以外にない」という趣旨なのであるとすれば、さきの寺田意見に近い考え方ともいえるでしょう。 もっとも、この指摘は「単純に無効とすれば、夫婦同氏の根拠はなくなり、すべてが夫婦別姓ということになる(夫婦同氏が強制されるのと逆の状況になる)。」としている点に、疑問があります。 たしかに現行の民法 750 条が違憲無効になれば、夫婦同氏の根拠はなくなります。しかし、ここでなくなるのは、夫婦同氏を「強制する」根拠だと考えます。  その結果、原則、夫婦別氏になりますが、その場合でも別氏を強制する根拠はありません。別氏以外の例外を認めない旨の規定が存在しないからです。  そうだとすれば、民法 750 条が違憲無効とされたとしても、「同氏」を選択する余地は残されているといえる筈です。 実際、その道を開くかもしれない規定があります。戸籍法 107 条をみてください。 【戸籍法 107 条】 第 1 項 やむを得ない事

夫婦同氏原則について(7)

2)憲法違反だが立法不作為に違法性はない?―岡部意見の分析・検討② つぎに、 国会は長期にわたって改廃等の立法措置を怠ったとまではいえないとする点について。 これは、国家賠償法 1 条 1 項の適用に関するものです。すなわち、民法 750 条に関する国会の立法不作為は国家賠償法 1 条 1 項にいう「違法」と評価されるか?という問題です。 この点、岡部意見はこれまで裁判所において民法 750 条が違憲であると判断されてこなかった状況に注目したようです。そして、このような状況下では同条が憲法 24 条に反することが明白だったとはいえないといいます。したがって国会が長期にわたって改廃等の立法措置を怠ったとまではいえず、国会の立法不作為は違法と評価できないとしました。 ここで、国家賠償法 1 条 1 項を確認してみましょう。 【国家賠償法 1 条 1 項】 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。 「違法に」という要件があることがわかります。つまり岡部意見は原告の国家賠償請求について、この違法性の要件をみたしていないと考えたワケです。なお、多数意見は民法 750 条が合憲であるとしているため、国会の立法不作為については説示していません。 ここで問題となるのは、国会の立法不作為が国家賠償法 1 条 1 項にいう「違法」と評価されるのはどのような場合か?という点です。 この点、国会の立法不作為がどのような場合に国家賠償法上の違法評価を受けるかについて、参考にすべき最高裁判決があります。 最高裁は本判決と同じ日に、民法 733 条の合憲性についても判断していました。全く同じ裁判官達による判決ですから、その判断基準や理論構成には整合性がある筈です。 1.「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるところ、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動

夫婦同氏原則について(6)

2)憲法違反だが立法不作為に違法性はない?―岡部意見の分析・検討① では、最高裁判所は、どのような判決をすべきだったのでしょうか?どのような判決をすれば、国会ひいては国民に対して力強いメッセージを発信することができたのでしょうか? ここでは、岡部喜代子裁判官の意見に注目してみたいと思います。 岡部喜代子裁判官は、多数意見の結論に賛同しています。しかし民法 750 条が憲法に違反しないとする説示には同調できないとして、以下のような意見を付しています。 1.「本件規定は、夫婦が家から独立し各自が独立した法主体として協議してどちらの氏を称するかを決定するという形式的平等を規定した点に意義があり、昭和 22 年に制定された当時としては合理性のある規定であった。したがって、本件規定は、制定当時においては憲法 24 条に適合するものであったといえる。」 2.「ところが、本件規定の制定後に長期間が経過し、近年女性の社会進出は著しく進んでいる。婚姻前に稼働する女性が増加したばかりではなく、婚姻後に稼働する女性も増加した。その職業も夫の助けを行う家内的な仕事にとどまらず、個人、会社、機関その他との間で独立した法主体として契約等をして稼働する、あるいは事業主体として経済活動を行うなど、社会と広く接触する活動に携わる機会も増加してきた。そうすると、婚姻前の氏から婚姻後の氏に変更することによって、当該個人が同一人であるという個人の識別、特定に困難を引き起こす事態が生じてきたのである。」 3.「そして、現実に 96 %を超える夫婦が夫の氏を称する婚姻をしているところからすると、近時大きなものとなってきた上記の個人識別機能に対する支障、自己喪失感などの負担は、ほぼ妻について生じているといえる。夫の氏を称することは夫婦となろうとする者双方の協議によるものであるが、 96 %もの多数が夫の氏を称することは、女性の社会的経済的な立場の弱さ、家庭生活における立場の弱さ、種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところであるといえるのであって、夫の氏を称することが妻の意思に基づくものであるとしても、その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのである。そうすると、その点の配慮をしないまま夫婦同氏に例外を設けないことは、多くの場合妻となった者のみが